2005年08月24日

追悼

 シンセサイザーの開発者、ロバート・モーグ氏が死去

 この人がいなかったら、'70 年代に驚異的なペースで数々の名作を作ったスティーヴィー・ワンダーのアルバムはもっと違ったものになっていただろうし、クラフトワークや YMO もなかったかも知れない。要はその後の音楽シーンそのものがもっと違ったかも知れないということだ。現代のデジタル・シンセサイザーの攻撃的な音に比べて、暖かくて少し間の抜けた音色はアナログ・シンセの良いところ。今夜はペリー&キングスレイのアルバムを聴いて寝よう。真のイノヴェーターに合掌。


posted by たけ at 00:06| 東京 🌁| Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
連チャンのコメントですみません。
日経の訃報記事を読んで、「時計仕掛けのオレンジ」の
ベートーベンを思い返しました。
それと、邦画の世界で、早くからシンセサイザーの
表現力に注目していたのが市川崑監督でして、
特に注目なのが、1975年制作の「我が輩は猫である」。
ぬる〜い感じのシンセサイザーによるバッハの引用に加えて、
苦沙弥:仲代達矢、迷亭:伊丹十三、寒月:岡本信人
といったキャスティングが秀逸。
駄作の部類に扱われていますが、意外とオススメですよん。

Posted by Serge Horii at 2005年08月25日 00:08
たけさま

お久しぶりでございます。m松さんち、行きたかったなぁ。

>モーグさん
残念ですね、ご冥福をお祈り致します。
確かに'70年代以降の音楽世界はムーグ抜きには
語れないですよね。チックのreturn to foreverも富田勲も出てきていなかったはずですね。
じゃあ今晩は月の光@富田勲で。
Posted by タチウオ at 2005年08月25日 10:33
>Serge Horii さま
その映画、未見です。伊丹十三は好きなのでぜひ観てみたいです。でも私にとって伊丹さんは映画監督・俳優というよりはコラムニストなんですけど。

>タチウオさま
こんな映画があったのご存知?
http://www.nowonmedia.com/MOOG/index.html
モーグに限らずだけど、一つの楽器が音楽にどれほどの広がりを与えたか、なんていうドキュメントがあれば面白いかも。メロトロンとか。
Posted by たけ at 2005年08月25日 12:44
モーグ先生のご冥福をお祈りしつつ、
>現代のデジタル・シンセサイザーの攻撃的な音
このあたりは、シンセが目指している方向なのかもしれませんね。昔は、「オモチャ」じゃない一つの楽器として使うように、開発も演奏者も使って来たような結果、調和が取れている音(電子回路の関係もあるだろうけど)が多かったのですが、最近ではサンプリングで生っぽさを出すことは簡単になり、兎に角奇抜に使おうとしていることと、あとはレベルが高い人は調和させてその存在だけが、際だたないように調整しているんですが、如何にもシンセな正直音作りからレベルが低い(演出という人もいるが、疑問…)と思われる間の溝が深くなった気がします。多分意識の問題だとは思うんですが。
つーか、DX-7から時代は変わってしまったでゲスよ!(笑
Posted by lfo at 2005年08月25日 12:55
いやぁ、亡くなったんですか・・・あぁ。
バンゲリスもこの人がいなくては・・・

今度時間ある時ウサギ見に行きたく思います。
きっと11月かなぁ・・・
Posted by izumi at 2005年08月25日 13:05
>lfo さま
あの辺の変遷というか技術の進歩が素晴らしいのは事実ですが、あの温かみも何もあったもんじゃない最近のキンキン音はどーも好きになれません。そのせいか最新のハウスとかテクノとかって、CD の封をあけて音を出した瞬間に古くなっていく生ものみたいに感じます。

>izumi さま
ウサギ!某板にも書いたとおりウチから徒歩1分です。訪問の際にはぜひお声をおかけくださいませ。
Posted by たけ at 2005年08月26日 19:24
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