2007年01月15日

そうだ、京都、行こう。(往路編)

 さて旅行先は京都と決まったものの、移動手段で一つ問題が発生した。今回の旅行はできるだけ移動費を抑えることと、私の鉄道趣味を兼ねる目的で青春18きっぷを使うことになっていたのだが、東京から京都までは8時間強、しかしヨメの実家のある前橋から出かけることになるので、10時間を裕に超えてしまう。また移動経路にしても東海道本線は帰りに利用するので面白くないし、かといって上越線経由では時間がかかる上に2年前の金沢旅行と同じ経路になるので新鮮味がない。かつての信越本線は横川までで、そこから先は18きっぷが使えない。無駄なお金は使いたくないが、時間の節約と車窓風景を考え、長野新幹線で長野まで行き、そこから篠ノ井線、中央西線へ使って名古屋へ向かい、その後は東海道本線を使って京都へ向かうことにした。

 移動日の1月4日は快晴。高崎駅までヨメのお父さんに車で送ってもらい、9時11分発のあさま663号に乗車。高崎から長野と言えば、かつての信越本線、横川ー軽井沢間の碓氷峠超えが鉄道ファンならずとも有名であったが、長野新幹線が開業したことで碓氷峠の区間が廃止、軽井沢ー篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道になっている。新幹線はかつての峠越えの苦労などを全く感じさせないまま、わずか17分で軽井沢へ到着。その後も佐久平、上田と各駅に停車し、10時ちょうどに長野駅へ静かにすべり込んだ。その間たったの49分、本当にあっという間だ。新幹線や飛行機は確かに早くて便利なのかも知れないが、旅情も何もあったものではない。

 さてここからは18きっぷの出番、まずは長野10時8分発の普通甲府行きに乗って松本へ向かう。電車は長野新幹線の高架にしばらく寄り添うように進み、篠ノ井から右に逸れて長野新幹線としなの鉄道と別れ、単線の篠ノ井線へ。今度は右上に長野自動車道を見上げながら勾配を登り始める。途中にある姨捨は鉄道マニアの心躍るスイッチバック駅、そしてその先にある冠着トンネルの辺りは見晴らしも良く、蒸気機関車の撮影スポットとして有名だったらしい。初めて見る車窓に心を奪われているうちに電車は定刻通り11時25分に松本に到着。この次に乗る12時3分発中津川行き普通電車まで少し時間があるし、お昼も近いのでここで駅弁を購入した。

ekiben2007_0104.jpg
 地鶏めし840円也。中身を撮り忘れたがタレのついた地鶏と細切り玉子がごはんの上にドンッと乗っている。味もとても良かった。

 12時3分の中津川行きの電車はわずか2両編成で、松本駅の0番線に止まっている。「あずさ」や「しなの」といった華やかな特急電車の横でなんとなく肩身が狭そうである。乗車率は50%程度で、塩尻辺りまでは近隣の住民らしい人たちが割と頻繁に乗り降りを繰り返していたが、塩尻駅を離れ中央東線と別れると、かつての中山道の宿場町を辿っていき、明らかに旅行者、ハイカー然とした乗客が次々と乗り込んできて、乗車率もたちまち100%を超えた。

miniecho.jpg
 塩尻駅で撮った一枚。中央東線の旧線、塩尻ー辰野間を結んでいるミニエコー号というらしい。カラーリングは派手だがかつて国鉄時代の郵便荷物車である。

 それにしてもこの中央西線、一つ一つの駅のホームがとても長く、かつて鉄道利用の高かった頃にはそれなりに栄えていただろうことを伺わせる。しかしモータリゼーションが発達した今は、そんな長いホームに止まる電車はたった2両編成のワンマン運転なのだ。私は車も鉄道も好きなので何とも言えないが、一抹の寂しさを感じざるを得ない。そんな中、藪原を過ぎた頃、「この電車、岡谷に行かないんですか?」という声が聞こえてきた。見ると今どきのギャルっぽい女性である。どうやら塩尻から中央東線に乗りたかったらしい。近くの男性が行かない旨を告げると、ハイヒ−ルをカツカツいわせてあわてて宮の越で降りてしまった。しかし塩尻に戻るとしても折り返しの普通電車は15時30近くまでないはずで、実はこの電車でこの先の木曽福島まで行き、そこから特急に乗った方が早く着けるのだ。あの女性はその後無事にたどり着けたのだろうか。

 木曽福島を過ぎると、今まで線路の左右を縫うように流れている木曽川も川幅が広くなり、上松を過ぎた辺りでは「寝覚の床」も車窓から少しだけ眺めることができた。中津川14時29分着。ここから名古屋までは通勤圏ということもあり電車も頻繁にある。14時40分発の名古屋行きは快速電車で、乗客も学生やスーツ姿のサラリーマンが多い。鉄道マニアとしては、あわよくば多治見から太多線で高山本線の美濃太田に出て岐阜へ抜けるルートを通りたかったが、京都に着くのが30分以上遅くなってしまうため断念、素直に名古屋へ向かう。金山から東海道本線と合流、次に名古屋で乗り換える大垣行きとの接続時間はわずか2分で、この金山から名古屋までは並走する。名古屋へ着くなりあわてて隣のホームに駆け出し、何とか間に合うものの座席は既に埋まっており、大垣までは立つはめに。しかし今までずっと座っていたのでかえって身体にはいい。しかも乗った車両が1両目で、運転席横のいわゆる「鉄オタかぶりつき」スペースが空いていたのでそこに立った。運転士は若い女性であった。

sentou.jpg
 線路は続くよどこまでも。

 大垣に着いたのが16時34分、この次の米原行きも16時38分発と接続がいい。この電車でも座れないだろうと思っていたが、運良く8両と長い編成だったので難なく座る事ができた。冬至が過ぎ、東京よりも西にいるとは言えそろそろ日没である。電車は夕闇迫る大垣を発車し、関ヶ原の勾配を登り切る頃にはすっかり日が暮れてしまった。米原着17時14分。次の新快速、17時21分発の播州赤穂行きは隣のホームに待機している。確かこの先に琵琶湖が遠くに望める場所があったはずと思ったが、外はもう真っ暗でありそれがどこなのか確認することもできない。新快速は今日乗った普通電車の中でも最も早い速度で走り、18時12分に無事京都に着いた。ヨメはさすがに座り疲れたようだが、私はそれほどでもない。むしろ久々に18きっぷ旅ができたことの満足感のほうが強いのであった。


posted by たけ at 01:03| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ワタシのホームタウン、東海道線の尾張一宮です。尾張一宮と、木曽川という駅の間で、下り方面、向かって右側 車窓から見えるんですよ。

ワタシも京都まで在来線で初詣したことがあったので、後半はよくわかります。米原の唐草模様の駅弁、確か湖北のお話? これがウマイのですが、よもや帰路で食べてたりしませんよね。
Posted by しいちょ at 2007年01月15日 23:41
>しいちょさま
あ、そうなんですか。東海道本線と名鉄線の横に家があるなんて、鉄っちゃんには憧れの立地条件ですね(笑)。
帰りの駅弁は、色々あって京都駅で購入してしまいました。色々何があったかは、復路編にて。
Posted by たけ at 2007年01月16日 23:07
こんにちわ〜。
鉄旅しばらくしてないので、なんだかとっても楽しそうです。18きっぷで旅をすると、乗客の訛りが少しずつ変わっていくのが面白いですよね。

米原駅での席取り合戦はどんなもんでした?

ボクら北陸もんは、長浜から出る新快速に乗って米原駅で待機してる側でして、大垣方面から着た電車のドアが開いて、勢いよくたくさんの人がダッシュして入ってくるのを傍観するのです。

時間があれば、何番ホームかにある立ち食いそば(ヨモギ入り)を食べるんですが、今回のたけサンのような乗り継ぎ間隔だと難しそうダ。

復路編も楽しみにしてます。でわ〜
Posted by iMoco at 2007年01月17日 16:49
>iMocoさま
乗客の言葉の訛りもそうですが、以前18きっぷで北海道へ行ったときに、周りの女性が老若問わず美人ばかり!と思ったら秋田だった、ということがあります。

以前夏の18きっぷで「ながら」に乗ったとき、大垣、米原の席取り争いは凄まじいものがあり、今回も覚悟してましたが、今回は大した事なかったです。今は敦賀から京都まで一本で行けるので、カズヤさんも以前より楽に行けるんですけどねぇ。
Posted by たけ at 2007年01月20日 00:29
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

木曽路・寝覚の床
Excerpt:  大曽根駅からの中央線快速・中津川行きは、幸運なことに、10両のうち後6両が「セントラルライナー」の車両でした!               「セントラルライナー」の正面と内装。    前4両は21..
Weblog: 琵琶湖交通社 社長のブログ
Tracked: 2007-01-21 22:26
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。