2006年07月16日

最近読んだ本

 しつこいようだが、自転車に乗れないので読書は進む。最近読んだのはこの3冊。

saikin20060716.jpg

 @「一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」」 坪内祐三 文春文庫 (ISBN4-16-767979-5)
 A「同時代も歴史である 一九七九年問題」 坪内祐三 文春新書 (ISBN4-16-660507-0)
 B「若者殺しの時代」 堀井憲一郎 講談社現代新書 (ISBN4-06-149837-1)

 @は買おう買おうと思っているうちに文庫版で登場。ハードカバーにこだわりのない私にとっては嬉しい限りである。戦後から20数年、高度経済成長のさなかにある若者たち、主に全共闘世代の歪みを、政治経済と文学、カルチャーとスポーツ、エンターテイメントを交え、時に自分の記憶と重ね合わせながら縦横無尽に綴っている。この辺は坪ちゃんの真骨頂と言えよう。特に連合赤軍によるあさま山荘事件の、そこに至るまでの経緯を、永田洋子らメンバー自らの手記から緻密に検証していく部分はこの本のハイライトだろう。

 一方Aは、@の連載が終わった後に「諸君!」に連載していた文章をまとめたものであるが、@に比べると内容はエンターテイメント性が少ない真面目なもの。そのせいか全体的にやや論考が貧弱な気がするが、それは多分私の頭の問題であろう。それでも山本夏彦の項などはかなり楽しめた。そうだよ、10代の男は今も昔も「ホルモン」で悩むんだよ(笑)。

 そしてBである。6月27日のエントリーに「戦後日本は得たものは大きいが失ったものも大きい。その原因は薄々分かっている」と敢えて言わないでおいたのだが、この本では現在では当たり前になっている、若者に金を使わせる「仕組み」を作り上げられたのは'80年代からで、その仕掛け人は当時働き盛りであったベビーブーマー、つまり団塊の世代であると明言している。私は自分の10代が丸々80年代だったので、この10年間の奇妙な変化を肌で感じていた。たとえばクリスマスやテレビ、雑誌の広告がいつの間にか若い恋人たちの(特に女性主導な)ものになったこと、オシャレなだけで中身の空虚なトレンディドラマの隆盛にリアルタイムで違和感を覚えていたのだが、この辺りの個人的なモヤモヤがホリイさん得意の偏執狂的な調査で裏付けられていて、大変興味深かった。ホリイさんには、できれば「笑っていいとも!」の「テレフォン・ショッキング」が、いつから本当の「友達の輪」から単なる番宣になったのか、辺りからさらなる'80年代研究をしていただきたい。


posted by たけ at 23:59| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ。。
「積読」状態の本があるにもかかわらず
ご紹介いただいた本には興味をおぼえました。

というのも、高度経済成長がこどもにどういう影響をもたらしたかということに、疑問を感じているのですが、その答えがご紹介の3冊には載っていそうですね。
「おとなだけでなく、こども向けの商品を大量生産する」「こどもを受験競争に巻き込み、教育産業を拡大する」といった「こどもをこどものままにさせず、(経済的に)おとなの社会に引きずり込む」という活動が、高度成長から現在まで続いていると薄々感じていたのですが、読むとその確証が得られるような気がしました。
Posted by 電話番 at 2006年07月27日 01:28
>電話番さま、

高度経済成長時代の若者や世相を読み解き上では@はオススメです。Bは'80年代以降の若者vs.大人という図式だと思っていただければよろしいかと。
私もこの辺に疑問が多々あるので、できればこの他に、博報堂や電通といった、いわゆる「マーケティング」の裏側(特に'80年代以降)に鋭くメスを入れるような本があればいいと思っていますが、この3つの本が電話番さんの疑問の回答の一助になるといいですね。
Posted by たけ at 2006年07月28日 00:21
@は少年期の筆者の、1972年の生活がひしひしと伝わってきて、追体験できる名作でした。特に連合赤軍の内部抗争を詳細に説明した部分は、その細事な出来事が覇権争いを引き起こして、思想論というよりは組織論の問題であったことが意外でした。それにしても70年代までのダイナミズムに対して80年以降はほとんど時が止まった感がしました。Aは難しく手に負えませんでしたが、橋本治の「受験勉強と大学紛争に吸い込まれるノリは同じだった」という文面には、現在でもノレないハミダシ者への侮蔑として、いじめとして残っているなあと感じました。Bは80年代に子供や若者にカネを使う遊び方を教え、それゆえ大きくなった子供たちは自分で考え、行動する能力が落ちてしまい、身動きが取れなくなってしまったという行き詰まりを感じました。
役に立ったという意味ではBかもしれません。「マニュアルを信じるな、オリジナリティを掴んで自らを鍛えろ」というメッセージを得ました。しかし、マニュアルという社会の均一化を、@の”ぴあ”と”日本列島改造論”が果たしたという説明は納得がいきました。
いずれにしても「自分の生き方にはマニュアルという正解がある」という考えには毒されぬよう気を付けろ、と感じました。ご紹介ありがとうございました。
Posted by 電話番 at 2006年11月05日 23:06
>電話番さま
 なるほど。@を読むと、結局70年安保なんてガキの戯れと思うと同時に、閉ざされた空間の中での集団心理の恐ろしさを感じざるを得ません。この辺はオウムなどと綿々と繋がっているように思うのですが、いかがでしょう。
 Bについては、ではなぜ80年代に金を「使わされた」人たちはいとも簡単に「操られて」しまったのか、というところに興味が沸いてきます。この辺は教育問題に直結するのかも知れませんね。
Posted by たけ at 2006年11月06日 22:06
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