
2011年で創業300年を迎えるという老舗、仁井田本家がその目的地である。しかしそもそもなぜ症さんが酒蔵を見学しようと私に声をかけたかというと、実は症さんの奥様がこちらの酒屋の親戚筋に当たるのである。飲んべえとしては何とも羨ましくなるような環境ではあるが、このご夫婦はあまり日本酒が得意ではないというのだから面白い。
話が少しそれた。さてこの仁井田本家、「金寶自然酒」というブランドが主力なのだが、なんでも自然酒とは、農薬や化学肥料を一切使用せずに栽培した酒米と、阿武隈山系の天然水だけを原料とした純米酒で、独特の甘みと、優しい味わいが特長とのこと。そして今や自社田で自ら米作りも始め、その自社田で栽培された米だけで作られた酒は、地元の町の名前「田村」と名付けられ、幻の銘酒として入手困難なのだそうである。日本の田んぼ、そして田舎の風景を守る酒屋でありたいと語る十八代目蔵元のお話は、もの静かでありながら、酒、そしてその原料である米や水、そしてそれらの環境すべてに対する愛情と情熱がひしひしと伝わってきた。
そんな話を聴きながら、ついに酒蔵に足を踏み入れる。日本酒の製造行程は、簡単に言うと精米、洗米、浸漬、蒸米、放冷、麹造り、酒母造り、もと(酉へんに元)仕込、本仕込、槽掛、火入、熟成、濾過となるが、ほぼ順番通りにゆっくりと見学することができた。

こちらは酒母、つまり酵母を作っている。イースト菌の匂いに似ている。

麹室には麹は無かったが、仕込みの部屋に麹が。少しつまんで食べさせていただいたところ、噛んでいるうちにほんのりと甘みが口の中に漂う。

こちらは仕込み途中の酒。仕込とは、つまり水と麹と酒母を混ぜ合わせる行程だが、この仕込を何回に分けるかによって、いわゆる「三段仕込」などと呼ぶのだそうだ。知らなかった。

槽掛、つまり搾られたてで、よくラベルに「生酒」「槽口」などと書かれている酒である。うっすらと黄色づいたその液体を試飲させていただいたが、なるほど若々しい酒であった。

最後は蔵の詰所にて試飲会。こうやって一通り現場を眺めてみると、単に美味いというだけでなく、熟成したお酒と生酒の違いや、甘さや辛さのバランスが今まで以上に分かったような気がする。もとより、我々が当たり前のように普段飲んでいるお酒も、職人の手で大変な行程を経て丁寧に造られていることが分かり、そのありがたさが身に沁みた1日であった。これから日本酒との付き合い方が少し変わるかな。